もう一度映画ドラえもんに向き合う
映画ドラえもんを真剣に観たい。
GWになんとなくアマゾンプライムで「新・日本誕生」を観た。
幼少期には家に旧ドラの日本誕生のビデオがあって何度も見返していた。思い出の作品だし新作も一応観ておくか、くらいの気持ちである。
そういうスタンスで見始めたもんだから、全然没頭できない。
途中でスマホをいじったりご飯を食べたりしながら、ぼんやりと最後まで画面を眺めていた。
感想も特に湧いてこない。「昔よりしっかりした構成だった」くらいしかない。「面白かった」とも「面白くなかった」とも言えない。ただ「観ました」ってだけ。
こうじゃない。私がドラえもんに真摯に向き合わないでどうする。
以前の記事にも書いたが、昔の私はドラえもんが好きだった。
原作もアニメも映画も好きだった。旧ドラも新ドラも等しく好きだった。
今の私は、「昔ドラえもんが好きだった人」になってしまっている。
アニメは全く見ていない。原作を読むこともない。新作の映画も4年に1回くらいしか観ていない。
好きの気持ちは昔のようにはいかないけれど。最低限、好きだった気持ちはこれからも大切にして生きていきたい。
というわけで、リベンジを誓った。もう一本別の作品を真剣に観てみよう。
そして選んだのが、これ。
漫画版の原作は小学生のころに穴が開くほど読み込んだ。
原作は間違いない名作だ。これは大長編ドラえもん3作目にあたり、最も脂がのっている時期の作品だと思う。
(個人的に3~5作目の「大魔境」「海底鬼岩城」「魔界大冒険」が”三傑”)
このリメイク版も、そこそこ評判はいい。期待している。
まず、下準備。
1、TVアニメ版のドラえもんを観る。
映画ドラえもんはTV版のドラえもんの延長線上にあるものだ。普段の生活があってこそ、特別な冒険がある。のび太は世界を救いまくるヒーローではなく、怠惰な小学生だ。それを受け入れて、改めてキャラクターや設定を好きになる必要がある。
netflixとかで観れる数話分のアニメを見た。キャラを好きになる、という観点ではクリアしたと思う。アニメオリジナルとしては「トリセツメーカー」がなかなか良かった。「SNワッペン」の回が絶対許せない出来だった。
(情けないことに会社や通勤の電車でドラえもんを観ているのが不自然に感じる。AV観ているほうがまだ自然かもしれない。)
2、予告編を観る
ドラえもん映画はワクワク感が大事。リピート再生して気持ちを仕上げていった。
新鮮な気持ちで観たいので原作は読み返さなかった。
3、体のコンディションを整える
上の2つを遂行して気持ち的には金曜夜に出来上がっていた。
でも仕事終わりで寝不足状態のまま臨むのはよろしくない。
しっかり就寝し、土曜の朝まで我慢した。
朝ご飯を食べて、スマホの電源を切って、ソファに座っていざ勝負。
結論
めっちゃよかった。集中できた。ワクワクすべき場面でワクワク、ハラハラすべき場面でハラハラできた。
ドラえもん好き。のび太もジャイアンもスネ夫もしずかちゃんも好き。
私はまだドラえもん好きの少年に戻れる可能性があるかもしれない。
もっと諦めずに色んな作品に挑戦していきたいと思う。自分の感受性を過小評価してはいけない。
調子に乗って南海大冒険も観てみた。何も感じなかった。またTV版からやり直さなきゃ。
以降感想
映画観てる人だけに向けて。(いないかも……)
かなり雑です。
ジャングル探検物語→異世界物語の完全な二部構成で、前半はワクワク、後半はハラハラの黄金パターン。
そして潔いほどの原作準拠。ここまでやらなくてもいいのに……って思うほどに原作に忠実。
この映画は「ジャイアンが主人公みたいなもの」と各所で囁かれていたが、本当にジャイアンが主人公だった。
最初から最後までジャイアンの心情に寄り添った描き方。素晴らしい。
シーンごとに
・最初のペコのシーン
後ろを走っている電車は京浜東北線?のび太の街は練馬あたりなので普通なら通らない気がするが。港から練馬方向に向かって移動している途中なのかな。
・空地でのジャイスネのびの会話
ラムネとジュースが不自然に感じた。普段ののび太たちは遊ぶときにみんなでジュース買ったりはしない気がする。
思うに、ジャイスネはのび太に会う前に作戦会議をしていたはずだ。「のび太を言いくるめて、ドラえもんに冒険に連れて行ってもらえるように頼ませよう」という作戦。
そのためのアイテムとして、ジュースがある。
ただ口で言いくるめるよりも、ジュースを奢って言いくるめるほうが”面白い”。なんか大人っぽいじゃん?スネ夫もジャイアンもそう感じたはずだ。
もちろん殴って言うことを聞かせるよりもこの作戦の方が面白い。だからスネ夫はのび太にジュース代出すのも厭わないし、ついでにジャイアンの分も払わされても何とも思わない。
・のび太の部屋シーン
ドラえもんが圧倒的にかわいい。どうぞ好きになってくださいって感じ。
部屋のリアルな乱雑さも映画ならでは。「あやとり」の本があるのが面白い。
・ペコ飼う
短いが、「ペコのいる生活」を大事にしてくれている。楽しい。
・出木杉の家に行く
伝統芸能である出木杉ハブ。テンション上がって出木杉邸を飛び出すシーンも、一層ハブりを強調しているように感じる。本当に必要か?
もしかしたら、次の点呼シーンでの「5」の正体に出木杉という可能性を残したいがための登場かもしれない。そのためだけに利用されているとしても酷いけど。
・猛獣シーン
ちょっと危なすぎじゃないか?と感じてしまった。
ここ以外にも今回、ワニのシーン、ライオンのシーン、最後の戦闘シーンなどで「命の危険」を感じることが多くあった。
どれも「普通なら死んでるレベル」まで危険なことをしていて、そういうシーンが多発するため、逆に全体としての緊迫感が削がれていた。
ライオンや戦闘のとこに最大緊迫感を持っていきたいので、出来れば他のシーンはもう少し緩めにしてほしい。
・ジャイアンへそ曲げ
ここの表情最高。演技も最高。あんまり比べるのは好きじゃないが、このシーンのジャイアンの演技は旧ドラの100倍上手いと思う。旧ドラ派の人はぜひ見てほしい。
ジャイアン邸でムク(犬)をチラ見せしているのもニクい。
・村追い出されてキャンプ
やはりジャイアンが素晴らしい。「俺のせいだってのかよ!!!」でのびドラスネしずが一様にビビってる中、ペコが動じていないのもいい。あきれた表情がキャワ。
そして泣きシーン。ジャイアンの弱さをこんなに表現してくれてる作品は他にない。これ絶対ジャイアン好きになる。
・ペコ正体告白
ペコが2足歩行して、頭身が急に変わったように感じる。
確かに前半はペコの可愛さを出さなきゃいけないから大きくできないし、後半は頼もしさを出すために小さくできない。際どいギリギリの大きさだと思う。
ちなみに鯉で川登るシーンでは原作にあった
ペコ「なんかいい道具あるでしょ」
ドラ「すっかりあてにしちゃって」
というセリフがカットされている。(記憶違いだったらごめん。)
ペコがもうドラたちの友達だと感じられる、好きなセリフだったので悲しい。
だがこの物語ではペコが真の意味でドラたちの友達になるのは、クライマックスのジャングルでの決起シーンなんだ。それまでペコはドラえもん達に頼りつつも、どこか「自分の力でなんとかしなくては」という意識を持っていた。ここではまだ過剰な仲間感は必要ないのだ。
・チッポ登場からの戦闘
COWCOWが死ぬほど下手で悲しい。スピアナ姫もかなり違和感。
劇場版の声優下手問題って昔からあるけどどうにもならないんだろうなあ。
最近のドラえもんは最低限メインのゲストキャラ(今回で言うとペコ)にはちゃんとした声優を使ってくれるからまだマシかもしれない。
・馬車での移動中にサベールに見つかりそうになる
サベールの強キャラ感が存分に出てて良い。だがここまでやっておいて結局ペコとは戦わずにのび太が倒すってのもどうなんだろう……。
「変身ドリンク」みたいなマイナー道具が唐突に登場するのも映画ドラえもんの醍醐味だと思う。
・夜のペコとのび太の会話
映画恒例の”のび太カウンセリング”。
ペコは自信がなくなり、責任感に押しつぶされそうになる。それに対するのび太の答えは頓珍漢で、的を射ない。
でもこういう状況だからこそ、ペコはのび太の馬鹿話に救われる。
特に根本的な解決にはなっていないけど、「きっとうまくいくだろう」という気持ちにさせてくれる、のび太式カウンセリング術。
・森で砲撃始まる
負けを悟った時のペコの顔が何とも言えない。
そして逃げ道を落ち着いて説明する。
序盤から散りばめられていた、ペコの「大人的表情」はすべてここに繋がる。
ペコには最初から「この子たちを守らなければならない」という保護者的な視点があった。そういう意識の違いから、ペコもまたずっと孤独だった。
自分を犠牲にして責任は最後まで果たす。強すぎるぞペコ。
・BGMのみでジャイアンとペコの言い合い
ここ!!
最高すぎる!!!
ペコはやはりさっきの「保護者的視点」でジャイアンを戻そうとした。「馬鹿なことを言うな、危ないから帰れ!」と。初めてキバを見せて、本気で止めようとする。
そこでジャイアンは殴る。
「一人で全部抱えてんじゃねえ!友達だろうが!!」
いやー。しびれる。いい男だねジャイアン。
ペコもジャイアンを舐めてたことに気付き、認め合う。素晴らしい。
ちなみにこれ、ワンピースのアラバスタ編でのビビとルフィとめっちゃ似てる。
「俺たちの命くらい一緒に懸けてみろ。仲間だろうが!!」のシーンと全く同じだ。
・全員集合、決起シーン
名セリフ、「これから何が起こるにしても、僕らはずーと一緒だよ」
漫画では全員絵でのび太のこのセリフ⇒ジャイアンが泣くコマになっている。
つまりのび太のこの言葉によってジャイアンもペコも救われたのだと思っていた。
でも今作では、ジャイアンにカメラを向けたままこのセリフが流れる。言う前から、ジャイアンは泣いていて、心が溶かされているのを感じる。
全員が再び一緒になり、顔を見合わせた時には仲間の心強さや絆を肌で感じていた。
だからのび太の「そうだよみんな一緒だよ」くらいの軽い言葉でジャイアンは泣いてしまう。
私が思っていたよりもワンテンポ早く、ジャイアンは救われていた。
ちなみに 10年くらい前のドラえもん映画で全く同じセリフが登場して、「勝手に大魔境のセリフを使うな!」と私が憤慨していた記憶がある。
・戦闘シーン
ドラえもんのマントは要らないと思う。猛獣誘い寄せマントなのか?って気になってしまう。(ただでさえ赤のマントだからひらりマントと被ってるのに)
さっきも書いたけど、のび太vsサベールのシーン危なすぎる。あんだけサベール強キャラ感出してたんだから、電池切れのび太は10秒もたないはず。この戦闘あんまり意味ないし、スパッと偶然勝ってほしかった。
・巨神像の戦闘
破壊前に兵士逃げるシーン見せすぎじゃない?
人が死なないのを見せる必要があるのはわかるけど、そこはもっとご都合主義でいいと思う。うわーってはじき出されるくらいで。
逃げのせいで普通にテンポ悪くなってる気がした。
・スピアナ姫救出
街の人を動員させたのは良かった。
結局巨神像だけでええやん問題を解決してるし、チッポにも役割を与えられた。
でもやっぱり姫の声が……。
・10人の外国人の謎
ドラえもんはこういう時間移動系が多いので、すぐ自称考察勢が湧いてパラドックスがどうとか言い出すイメージ。
もちろんこういう問題を考えるのは大事だし面白いけど、ドラえもんの本質ではないということに留意していただきたい。
スネ夫の「ややこしい話」というセリフもそれを象徴している。
・お別れ
スピアナ姫の「よいのです」は本当にお前の役目か? ブルススを映すべきじゃないかとも思う。
いいように解釈すると、王子として気丈に生きてきたペコを一番理解しているのはスピアナ姫なんだろう。母親もいないみたいだし、幼いペコが甘えられる相手はスピアナ姉さんだけだったのかもしれない。
のび太との別れもいいが、正直最後のジャイアンの方が何倍も良い。
ペコが頬をポンポンする仕草、ジャイアンの「あばよ!」。
お互い認め合った男の間には余計な言葉は要らねえ。ペコもジャイアンもそれをわかっている。かっけえ。
・ラスト、空地にて
「僕たち、大人になってもこんな冒険できるかな」
今作オリジナルのセリフで、正直なぜここでこのシーンが必要だったのかわからない。
こんな冒険が”結局できなかった”我々には、こののび太の気持ちは理解できないのかもしれない。
そしてドラえもんにしては珍しく、「冒険は続く」的な終わり方。感傷的な別れがあったのに、明るく希望を残して幕を閉じる。最高の締め方だと思う。
やっぱり完全にジャイアン中心で観てしまった。
良い映画だった。おわり!!!